Patek Philippe Floorブログ

パテック フィリップの創業者

パテック フィリップは昨年創業175周年を迎えました。

創業は1839年の5月。
175年と一言で言えばばかなり歴史があるのだな、と感じていただけるかもしれません。ではこのパテック フィリップが創業した時代とはいったいどのような時代で、創業者の一人パテックとは どのような背景を持つ人物だったのかを今回はご紹介したいと思います。

この頃ヨーロッパでは、イギリスからはじまった産業革命がフランス、ドイツ、ロシアといった各国で拡がりはじめ、工業化、近代化が進んでいました。

日本は江戸時代で、1837年の大塩平八郎の乱から見えるように200年以上続いた江戸幕府の体制に若干の揺らぎが見え、黒船来航(1853)より始まる幕末まであと少しといった頃です。

パテック フィリップ創業者のひとり、アントワーヌ・ノルベール・ド・パテック(1812-1877)はポーランドの将校でした。

当時のポーランドはプロイセン(ドイツ)、オーストリア、ロシアにより分割され統治されていました。
1830年にポーランド士官学校生によるロシア支配に対する武力蜂起があり、若き日のパテックもこれに参加。
11月蜂起と呼ばれるこの蜂起は失敗に終わり、パテックはこの後フランスに亡命し、各地を転戦しました。
その後、軍を退役し当時ヨーロッパにおけるラグジュアリーのメッカと見なされていたジュネーブに居を移しました。

絵画を学び、画家を目指していたパテックでしたが、結婚の計画もあり断念し、商業、高度な技術、創造性が融合した時計製作という急成長産業に将来をかけることにしたのです。

ジュネーブに到着したパテックは、時計のムーブメントを購入し、側付けさせ、ポーランド人社会における交友関係を利用して、同国人の移民たちに販売し始めました。

その後パテックと同じく蜂起に参加したポーランド人のフランソワ・チャペックと共同で、小さな時計事業を開始。
「パテック・チャペック社」を設立しました。 1839年の5月のことでした。
ここから今日に渡るパテック フィリップの歴史がスタートしたのです。

今回はこの辺りで。
次回はパテックともうひとりの創業者であるフィリップの話を紹介できればと思っております。

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COLUMNコラム

篠田哲生

最高峰の時計ブランド「パテック フィリップ」の魅力とは何だろうか?
数々の仕事を通じてこのブランドに出会い、魅了され、遂にはユーザーとなったライター、ウォッチディレクターの篠田哲生氏が、自身の目と経験から感じた、"パテック フィリップのこと"について語る。

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