スイスでの様々な経験を通じて、“パテック フィリップの凄み”を学んだことで、少しずつこのブランドに惹かれていくようになった。特に気になったのが、パテック フィリップが1996年に開発し、特許を取得した「年次カレンダー(アニュアル・カレンダー)」モデルだった。
「永久カレンダー(パーペチュアル・カレンダー)」は、三大複雑機構の一角で、月ごとの日数の増減だけでなく、4年に一度の閏年の有無まで判断するという複雑なカレンダー機構であるが、その結果、かなり高額になってしまう。しかもその複雑さ故にカレンダーがズレると、その修正はかなりナーバスだと聞く。
その点「年次カレンダー」の場合は、月ごとの日数の増減は計算しているが、閏年は判断しないため、3月1日のみ調整が必要となる。しかしそのひと手間だけで、一年を通じて便利に使えるのは十分に実用的だ。しかも価格は、永久カレンダーに比べるとこなれている。しかもパテック フィリップの場合は、年次カレンダーの原点ブランドだけあって、バリエーションも豊富に揃う。3つの大窓表示タイプや二つの小窓を並べるダブルギッシェタイプ、針表示式があり、さらにクロノグラフやムーンフェイズを組み合わせるなど、メカニズムも多彩なのも魅力だ。
「パテック フィリップを買うなら、絶対に年次カレンダー!」。それが自分の中での大きな目標となった。しかしあくまでも「パテック フィリップ=上がりの時計」という意識があったので、当時はまだ30代半ばだった自分が購入するのは、ずいぶん先のことになるだろうと思っていた。
しかし、そんな先入観を覆す出来事が起こった。ある日、有名メゾンとのコラボレーションなどを多数手がけているプロデューサー氏を取材する機会があった。彼はいつものようにカジュアルなスタイルでふらりと撮影スタジオに現れたのだが、その腕につけていたのは、パテック フィリップのグランド・コンプリケーションRef.5016。永久カレンダーとトゥールビヨン、そしてミニット・リピーターを搭載し、しかもケースもブレスレットもプラチナ製というとんでもない代物を、なんと彼はデニムやスウェットにさらりと合わせていた。それがとんでもなくカッコよかったのだ。
そして、ある真理に気が付いた。パテック フィリップは、時計趣味の最後に手に入れる上りの時計ではない。最高峰の時計だからこそ、もっと早くに手に入れ、パテック フィリップと過ごす時間を長く楽しむのが正解なのだ。しかも宝物としてしまい込むのではなく、サラリと日常の時計として使うのが、最高にカッコいいのだと。
それは自分の中での高級時計の在り方を、大きく変える出来事だった。そして取材を終えたその日から、パテック フィリップは“いつか手にしたい憧れ”から、“何を買うべきか悩む対象”へと変わっていったのだった。(Vol.5へ続く)